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イタリア語読解学習HEADLINE

本が読めるようになると、語学への興味がますます湧いてくる。初級レベルから  

イタリア語読解添削学習 (添削者はイタリア語講師、翻訳者、同時通訳者など)

語学学習法は (1)発音 (2)文法 (3)読解 (4)作文 (5)会話トレーニングに分類されます。
つまり、この5つの学習方法により発音・文法・語彙の3要素を学ぶ事が語学習得に繋がります。
KUDANは文法と作文の添削学習に続き、読解学習も添削で実施しています。

読解学習は翻訳とは少し違います。翻訳は話言葉である日本語にせねばなりませんが、読解学習は意味が取れればOKです。私達が外国語を学ぶ時に注意することは、出来るだけその言葉で考え話すことです。その為にその言語の神経回路を作ってその中で理解しようとします。その回路の中は、日本語とその言語がミックスしているような状態でしょう。その回路は、構文をその言語で捉え、単語や熟語をその言語のまま理解し、条件反射的にその言語で答えを探す事が出来る回路ですが、知らない単語が出てきたり、聞き取れない発音があったり、構文が長くて理解の範囲を超えそうになった時には、ちょっと日本語の回路に助けを求めに行くのです。

英語で例を上げれば、How are you? なら何ら日本語の助けを借りなくても理解できて、I'm fine という答えが出てきます。
A man with round glasses and a neatly cut salt-and-pepper beard, arrived when we sorely needed him. くらいの長さの文章になると中級レベルの人なら日本語の助けは不要でしょうが、初級の人はちょっと詰まります。またsalt-and-pepper というのを聞いた事がない人だと「塩と胡椒」と訳してから、アッ「ごま塩髭」だと理解するでしょうね。ここでちょっと日本語の助けを借りて来ているのです。このようにレベルが上がるに従って、その言語の神経回路が出来てネイティブのように理解する事が出来るようになりますが、それにはステップがあって日本語に行きつ戻りつしながら進んでいるのです。

このイタリア語の読解学習もこの神経回路を育てる目的で実施されるものです。読解学習は、構文の把握、文法の確認、ボキャブラリーの増加が目的で、会話に繋がる学習ですから、大変重要です。イタリア語の場合特に中級上級へ進む方は、@主語は何なのか A代名詞は何を指すのか B時制 以上を正しく把握していく学習をすると、実にものすごいスピードで学力が上がって行くのが分ります。殆どの学習者がこの3点、特に後の2点をあいまいにしたまま学習しているので(3〜4年経った人でも)進歩が止まっています。KUDANでは、初級を終えた人には、代名詞(特に補語人称代名詞)が何を指すのか決してあいまいにしてはならないと教えており、その為に当校の学習者のレベルは相当高い物があります。

イタリア語読解添削学習

1.教材:(1)イタリアALMA Edizioni社のサイドリーダー (2)Bonacci Editore社のサイドリーダー (3)Edizioni EL社のサイドリーダー (4)その他の語学学習用サイドリーダー (5)一般のリーダー(イタリアの子供向けなど)
  (1)が最もレベルがはっきりしているのでお奨めです。その他のリーダーは当校になくても手に入るものは使用可能ですが、1500円が目途で、それ以上高いものは、学習者に添削講師分もご手配頂くことになります。
2.受講料:開始料:3,240円+毎月6,480円(4回) (一括お支払の場合3〜5%値引き)
  毎週一回提出します。Alma Edizioni社のリーダーの場合基本的に一章づづを一週分とします。(長いものや短いものは調整あり)
  500語 Dove Yukio/Radio Lina/Rigoni/Pasta per due 全て16週(全体を16に分けて16回提出)一括25,000円
  1000語 Amore in paradiso/Maschere a Venezia/La paritita/La commissaria 全て16週 一括25,000円
  1500語 Mafia Amore/Caravaggio 17週 一括26,500円
  2000語 Opera/Meiterranea 16週 一括25,000円
  2500語 Dolce Vita 18週 一括28,000円、Un'altra Vita 12週 一括19,000円
  *左側の語数は基本語理解力のレベルを指しますが、それぞれの本には其々のレベルで70語〜250語程の覚える単語があります。(ERレベルだと、一冊に1000語前後の覚える単語(や熟語)があります。
  尚、単語力をつけることの重要さについては、下記の
のところをお読みください。
  これ以外の読本については、本を見て一回の量を決めますが、目安としては一回(一週)分の語数が200〜400です。ERの場合概ね
2pを一回分として計算し、概ね24〜32週で終わります。
3.受講方法: 1)Eメールの場合 毎週一回Eメールにて訳文をお送り下さい。Eメールに添削をして返送します 2)郵送の場合 毎週一回郵送にて訳文をお送り下さい。尚、郵送の場合毎月+400円となります。
 翻訳を目的とした受講(添削講師に翻訳を任せるような)は出来ません。あくまでも学習として行いますので、白紙で提出することは出来ません。全体の1/3以上が把握できていない方にはテキストを変えることを薦めます。自分にあったレベルの教材をお選び下さい。
4.申込:下記をクリックして、名前、年齢、住所、希望テキストをお選び下さい。もし希望のテキストが分らない場合は、こちらからレベルに合せて推薦出来ます。

 イタリア語読解学習申込

ボキャブラリの重要さについて:皆さんはどれくらいのボキャブラリがあれば会話がスムーズに出来ると思いますか。ある調査によれば、ネイティブアメリカ人は一日に15000語くらい使っていると言います。これは、一人の語彙力ではなく、一日に使う言葉ですから、使える言葉は20,000〜30,000語、聞いて分かる言葉なら30,000〜50,000語位あると考えられます。日本の高校までに教える英単語は大凡3000語で、大学入試に必要な単語は4500語くらいだと言われます。恐らく高校生のトップクラスは6000語位の語彙があると思われます。これに難しい単語やビジネス英語などを加え、10,000語位のレベルに達していれば、ネイティブの会話は8割ほどは理解出来るでしょう。映画はそうは行きませんが。
さて、一般には3000語くらいの語彙を持っているとして、これを10000に増やすには、毎週10個づつ覚えて、1年で500ですから、7000÷500=14年です。毎週10個づつ覚えていけば、14年後にはTOEICなら900点以上のレベルには達しているはずです。英語とイタリア語では多少違うかも知れませんが、語彙数は、それほど変わらないと仮定しましょう。イタリア語検定5級レベルで、1000語、4級で1500語、3級で2500語位でなれます。2級だと恐らく5000語位必要になるでしょう。

 さて、ここで語学学習の仕方に戻ります。学習することは@文法A語彙B会話(発音)です。@まず、最初に文法を学びます。出来れば1年で8割ほどを抑えることが理想です。A次に語彙です。これを、例えば20万語覚えるのは無理です(天才を除く)。単語の数は大辞典を探せば100万語位ありますが、そこまでなくても1万語覚えたら、一般に使われる5分の1くらいには相当しますから、そこらを目標にします。もし、1万語を覚えたら、会話学習などしなくてもかなりイタリア語を読んでも聞いても理解できます。B会話というのは、発音も含みます。ただ、これは聞く方ではなく話す方の学習を主に指します。何故なら、聞く方は文法を理解し語彙を増やせば理解出来ますから。会話は、単語の組み合わせであり、変化がありますね。つまり、もし語彙を100としたら、会話はそのまた10倍くらいあります。会話はいくら学習しても終わりがなく、宇宙のように広く、日本にいて学習出来るのはせいぜい100分の1でしょう。つまり、@文法は8割習得可A語彙は2割習得可B会話は1%習得可なのです。しかし会話の半分は聞くことですから、語彙2割を習得したら、会話は10%は習得したことになります。いかに語彙が大事か分かるでしょう。
 外国語をいとも簡単に習得する外国人の場合は、@文法が似ているので日本人が1年かかるところは、3ヶ月で出来ます。A語彙はお互い大変似ています。英語は、7割の語彙をラテン語から取ったと言われます。語彙に限っていえば、最初から5万語のうちの3万5千語は分かっているということです。これに文字は同じで発音が似ていればそれほど難しいとは思えませんね。しかし、日本語を母国語にしている人は、文字・文法・単語さらに発音の4重苦を克服しなければならないのです。

語学の学習はここに書いた順序、つまり、文法→語彙→会話と発音の順番でやるべきなのです。そして、なぜ日本人が外国語に弱いのかの原因は@とAのレベルが低いままだからだと思われます。まず、「文法をやって語彙を増やしましょう」というのはこのような理由なのです。

読解講座:Easy Readers Bレベルの”Don Camillo"を読んでみましょう。この本は、イタリアでは誰もが知っているお話です。勿論少し古いので若者はどうかわかりませんが、多くの映画が作られているので、それを見ている若者も多いことでしょう。とても社会的な為になる本ですから、イタリア語を学習する人には、なにか得るものがあると思いますよ。本文は、著作権が絡んでくるかも知れませんので、テキストをご購入下さい。ここでは、訳と説明と、特に覚えておきたい表現などを書いて行きます。尚本は、Giovanni Guareschi著、Don Camillo、ISBN4900143219 
*一回の学習量を本の2ページとしましょう。一週間に2ページでも、毎日2ページでも学習速度は貴方のペースにあわせてどうぞ。
La bicicletta:
(1日目)その大きい川と大きな通りに挟まれた、地球上のその場所で、自転車というものが知られていないという時代があったなんて、どうしても理解が出来ない。 
 (*Non si riesce a capire これは一般的な言い方で、誰がという主語はない。強いて言えば「人は」が主語になる。)
実際、la Bassaでは、80歳の年よりから5歳の子供まで、誰もが自転車に乗る。年取った農夫は、大概女性用の自転車に乗っているが。 ( * per lo piu`  大概   bicicletta da donna 女性用自転車)
市民の自転車を見ていると、本当に笑い出す。市民の自転車は、光っていて、足を楽しませてくれるおもちゃのようなものだ。 (* mettersi a 〜 ~を始める) 本物の自転車とは、実用的なものである。少なくとも30kgはあるべきだ。そういうものは、実際に田舎の一部となり、おもちゃとして扱われるなんてことは考えることさえ出来ないのだ。 La Bassaでは、自転車は靴と同じように実用的なものだ、いやそれ以上だ。何故なら、靴がない人でも自転車があれば間違いなく自転車で行くことが出来るが、靴があっても自転車がない人は歩いていくしかないのだから。この事は町の中でも同じことだと言うかもしれないが、町の中の場合は事情が違う。何故なら、町の中には電車があるからだ。(puo` succedere 起こりえる、ありえる)
don Camilloは彼の人生で、商売というものをやったことがなかった。肉を少しとか葉巻をちょっと買うような行為を商売と呼ばないとしたらだが。 (a meno che (non)〜 〜を除けば、commercioは売ったり買ったりすることを指すが、一般的には個人としての売買ではなく、仕事としての売買をさす。) しかし、彼は売買することは好きだった、なぜならばそれはとても楽しかったからだ。それで、春になれば土曜日には自転車に乗って、町に市場を見に行くのだった。
彼は、動物や車が好きだったし、彼の家の裏にある小さな庭に植える花を買うお金があった時には、彼は大地主のBidazziと同じくらい金持ちになったような気分になれた。それに、市場ではなにか楽しくなる雰囲気があった。(rendere allegri 楽しくさせる rendereは「〜させる」)
その土曜日もまたいい日だったので、don Camilloは古い自転車を引きだしてきて、喜んで町までの12kmを進んだ. (tirata fuori は、分詞構文で、biciclettaが女性形なのでtirataと女性形になります。意味は、〜をしてそれから、〜したので のような使い方です。si fece i dodici chilometriは feceはfareの遠過去形ですが、ここでは「行程を進む」のような意味です。fareは他の動詞の代わりをします。siは再帰代名詞で、自分自身がやるという意味です。farsi la barba=自分の髭をそる、と同じ用法です)市場は人で混雑していて、don Camilloはミラノの展示会場にいるよりも楽しみました。 (se fosse statoは、仮定法の使い方で、そこにはいなかったが、もしそこ(ミラノの展示会場)に行っていたとしても、の意) それから、11時半に自転車を預かり場へ取りに行き、人ごみの中を、自転車を引いて行き、田舎を通って家へ帰る道を再び辿った。(di nuovo 再び)しかし、そこでdon Camilloは、ある店を通り過ぎたときに、あるものを買わねばならなかったことを思い出した。それで、自転車を壁に立てかけて、中に入り、そして再び出てきたときには、自転車がそこになかったのだ。
                       *

(二日目)ドン・カミロはとても体力がある人であった。そして、その身長は、普通の男がいす乗って立っているほどもあった。さらに、彼はとても勇敢で、例え鉄砲を向けられても冷静さを失わないほどであった。しかし、小石に躓いたり、あるいはバカにされたりすると、落胆して、両目に涙が溢れてくるのであった。 (* farsi cadere le braccia がっかりする、fare qualcuno uno scherzo 人をからかう)そういう時には、いつも自分自信をなぐさめていた。
ドン・カミロは騒ぎ立てずに、目の前にいたひとりの老人に、緑色の婦人用の自転車をもった人を見かけなかったか、と聞いただけだ。そのような人を見たことは記憶にないとその人が答えたので、お礼を言って、そこを立ち去った。カラビニエーレの前を通ったが、中に入ろうとさえも思わなかった。(se ne ando` 立ち去った andaresene の遠過去)ポケットに25リラしか持っていない貧しい司祭から、誰かが自転車を盗んだということは道義的な問題であって、生活に関する普通の出来事とは、何の関係も無いことであった。(rubare A a B、 BからAを奪う、ここの文章文はavessero rubata la bicicletta a un prete 「誰かが司祭から自転車を奪ったという事実が〜」とい構文になっている事に注意)こういう場合にカラビニエーリへ行くのは、金持ちたちである。何故なら彼らにとっては、このことは単純にお金の問題になるからである。一方貧乏人にとってこのことは、腹立たしいことである。例えば足が一本しかない人が叩かれて、こけるようなものだからだ。
ドン・カミロは帽子を前の上まで引き下ろし、家に向かって歩き始めた。彼の後ろに馬車が通る音が聞こえたら、その車が彼に同乗を勧めることを恐れて、道路を出て隠れていた。彼は、足を使って歩きたかったし、誰とも話をしたくなかった。何にもまして、彼は12キロの道のりを歩きたかった。まるでその過失をより重大なものにさせ、もっと傷つくようとさせるためかの如く。(rendere piu` grave より重大(深刻)にさせる、quasi 殆ど、まるで)
太陽に照らされた通りの一匹の犬のように一人で、止まることなく、1時間歩いた。彼の心は可哀想なドン・カミロ対する同情で満ちていたし、彼は自分のことを他人のことのように考えていた(al quale egli pensava 彼はその人のことを思っていた pensare a~) ドン・カミロは一時間止まることなく歩いた。道路には誰もいなかった。小道にたどり着いた時に、小さな橋の上に座るために立ち止まった。小さな橋に彼の自転車が立てかけてあった。それはまさしく彼のであった。その事は隅から隅まで知っていたし、間違えるはずはなかった。(pezzo per pezzo ひとつひとつ)周りを見まわしたが、誰もいなかった。自転車に触れた。鉄製の本物で、夢ではなかった。もういち度、周囲を見た。誰も何もいない。一番近い家は少なくとも1キロのところにあった。橋から見下ろすと、干上がった窪地にひとりの男が座っていた。(fosso 溝)その男は見上げて、「それで?」と言うように頭を動かした。(guardare in su 上を見上げる、 in su ~より上)「この自転車は私のです。」ドン・カミロはおずおずと言った。
                           *
(三日目)「どの自転車が?」「この、橋の上のです。」「なるほど」その男はじっと見た。「もし橋の上に自転車があって、その自転車があなたのものなら、私に何の関係があるんですか?」(entrarci 関係がある)ドン・カミロはあっけにとられた。「間違いないかどうか、確かめたかったのです。」ドン・カミロは説明した。「あなたのだってことは確かですか?」「もちろん。一時間前にla Villaで、私がある店に入っている間に、持ち去られたのです。どうしてここにあるのかわからない。」その男は笑った。「明らかに、自転車があなたを待っているのに飽きて、それで先に行ったのだ。」(si vede che 〜は明らかだ、〜だという事が見て取れる)ドン・カミロは驚いて、腕を広げた。(aprire le braccia = 手を広げる、あきらめる)「あなたは、司祭として秘密を守れますか?」その男が訊いた。「もちろんです。」「よろしい。それならお話しましょう。その自転車は私がそこに運んだのです。」ドン・カミロは両目を大きく開いた。「あなたはそれをどこかで見つけたのですが?」「そうです。あなたが入った店の前で見つけました。そして、その時にそれを取り上げたのです。」ドン・カミロはすこし分からなくなっていた。「いたずらだったのですか?」「え、とんでもない!」男はむっとして言った。「私の年で、冗談で外をぶらつくと思いますか。私は本気でそれを盗んだんです。それから、考えなおしてあなたの後を走ってきたのです。ここから2kmのところまで、貴方の後をつけました。そして近道をしてここに着いて、それをあなたの目の前に置いたのです。(tagliare=近道をする)(mettere qualcosa sotto il naso a qualcuno 誰かの目の前に突き出す)ドン・カミロは橋の上に座って、窪地に座っている男を良く見た。「あなたのでないのに、何故この自転車を取ったのですか?」「誰にも仕事というのがある。(mestiere 職業)あなたは、神の霊と共に働いていて、私の仕事の相手は自転車です。」「ずっとこの仕事をしているの?」「いいや。この二、三ヶ月だけだ。見本市や市場で働く(自転車泥棒を)。確実な仕事だ。というのもここの農民たちは皆、お金でいっぱいの家を持っているからね。今朝、何も盗むことができなかった、それであなたの自転車をいただいたんです。それから、あなたが出てきて、なにも言わないで通りを歩き出したのを遠くから見ました。それてあなたの後を追った。なにがどうなったのか、わからなかったのでね。要するに僕はあなたをつけなければならなかった。どうして馬車が来ると毎回、隠れたんですか?私が後ろにいたことを知っていたのですか? 「いいや。」
                            *
(四日目)「けど、私は正に後ろにいました!もしあなたが馬車に乗っていたら、僕は後戻りしていたことでしょう。逆に、あなたは歩き続けていたので、私がしたことをしなければならなかった。」(visto che〜 〜なので)ドン・カミロは頭を振った。「それで、今どこへ行くのですか?」「何か見つけることができるかどうか、la Villa にもどります。」「他の自転車を?」「そうです。」「それなら、これをもって行きなさい。」その男は上を見た。「司祭さん。例えそれが、金で出来ていたにしてもとんでもないことだ。(neppure se~(接続法) 例え〜であっても〜ない)そんなことをしたら、生涯そのことを後悔することでしょう。(l'avrei in coscienza ~ の後にSe lo facessi(そんなことを私がしたら)が隠されている)やれやれ司祭には近づかないことだ。
ドン・カミロは彼に、食事をしたかどうか尋ねた、そして一方は「いや」と、答えた。「それなら、私の家に食事に来なさい。」 馬車が近付いてきた。それはBrelliのものだった。「さあ、自転車にのって、そして僕について来て。僕は馬車に乗るよ。」ドン・カミロは馬車を止め、「足が痛む」と言いながら、馬車に乗った。(fece fermare feceはfareの遠過去、使役動詞で「させる」従い、「止めさせる」の意)その男は窪地を離れ、道へ戻った。 彼はとても怒っていた。帽子を地面に叩きつけ、聖人に多くの悪口雑言を述べた後、自転車に乗った。(mucchio沢山)
自転車に乗った男がついた時には、ドン・カミロが食事の用意を済ましてから既に10分がたっていた。「あるのはパン、サラミ、一切れのチーズ、少しのワインだけだ。」ドン・カミロが言った。「司祭さん、気に遣わないで下さい。私に任せて下さい。」男が答えた。(darsi pensiero di ~を気にする、気を遣う、心配する)そして食卓に鶏を置いた。「通りを横切っていたんです。」男は説明した。「はからずも、自転車で鶏の首を轢いてしまいました。(senza volere 望まずに=はからずも、たまたま、知らずに)通りのまん中で苦しむままにしておくのは心苦しかったので、こんなふうに鶏を苦しみから解放してあげました。司祭さん、そんな目で私を見ないで下さい。もしあなたがきちんと、これを網焼きにしたら(andare alla graticola グリルにする、網焼きにする)、神様はあなたを許すと私は思います。」(graticolaグリル、焼き網)ドン・カミロは鶏を網焼きにした。そして、特別料理用の飲み物の瓶を取りに行った。
数時間後、男は自分の用事(仕事)をするためにもどる用意ができていたがとても不安だった。(per i fatti suoi自分自身の事の為に、自分自身の仕事のために)「さて、自転車を盗みに戻るという問題だが、あなたのお陰で私は気分がすぐれなくなった。」「家族はいるのかい?」「いいえ、一人です。」「よろしい。鐘を鳴らす為に、ここにいなさい。鐘突き番の老人が2日前に居なくなったんだ。」「けど、私は鐘のならし方を知りません。」「自転車を盗む能力がある人ならすぐに学べるよ。」男は、首を横に振った。 「あんたと、あんたに出会ったという事(運命)に、畜生だ(くそくらえだ)!」男が言った。そして、男は鐘突き番として、留まった。

Gli spiriti:
(五日目)

La Cagnola は壊れた家のことで、30年か40年前から誰も住んでいない廃屋である。(casaccia あばら家。=acciaは、接尾辞で悪い、壊れたなどの意味を持つ)La Cagnola は村から離れた場所にあった。近くに渡し場があったので、多くの人たちが側を通り過ぎてていたが、この家に入る人は誰もいなかった。今は、たくさんの人がLa Cagnola で何か変わったことが起きていることに気づいていた、そして幽霊がいると決めてかかっていた。
「あなたは村長です。だから何が起こっているのか見に行って下さい。もし、怖いと言うなら話は別です。これが怖い人は、村長をするよりも他の仕事をしたほうがよい。」Peppone に人々が言った。
それでPepponeは立ち上がり、銃を取りに家に行った。そして、呪われた家のある森の前に来て、グループは立ち止まった。しかしPepponeはもし歩き続けなければ、党が困ったことになることがわかっていたので、(立ち止まらずに)森に入った。(partitoはここでは、共産党のこと。この物語は、キリスト教司祭のドン・カミロと共産党員のペッポーネの、それぞれのイデオロギーと人間性との絡みや葛藤が、困難な時代背景と共に描かれている)
扉の前に来ると、恐れのために寒気がした。いずれにしろ、中に入るしかなかった。彼を見つめる大きな二つの眼だけが見えた。その眼に、銃を向けた。しかし、恐怖の叫び声がその前に彼を止めた。彼の前には恐怖でいっぱいの一人の可哀そうな少女がいた。
「どうか、私を傷つけないで下さい。」少女は優しい声をしていた。しかし、言葉が見つからないようで、やっとのことで話しをしていた。「あなたは、だれですか?」小さな声でPepponeは聞いた。小さな森の向こうで待っている人々の声が外から聞こえていた。その少女は何が起きているのか見るため窓へ走った。そして、Pepponeの方を向いて手を合わせてお願いをした。(a mani giunte 両手を合わせて)「どうかお願いです。神の名において何も言わないで下さい。」(in nome di Dio 神の名において=お願いですからの意)Pepponeは彼の後ろの方で何かが起きていることを感じた。向きを変え、そして、その少女のように大きな、別の二つの眼と出会った。それは、地面に近い低いところに籐かごで出来た揺りかごの中に男の子がいたからである。(avere per 〜として持つ、籐かごをゆりかごとする)
「これはいったいどうしたことなのか聞かせてもらえるかい?」Pepponeは怒鳴った。
「どうかお願いです。何も言わないで下さい。」少女は泣きながら繰り返した。Pepponeには四つの目は十分多かった。肩に銃を乗せ、出口を力を入れて閉めて、出てきた。彼が現れるのを見て、人々は黙った。「私は隅々まで見ました。」心配顔でPepponeは説明した。「何も変わったものは見当たりませんでした。しかし、何か変なことがある。確かに変な物音が聞こえました。」(mi piacciono poco 私はあまり好きでない pocoは否定の表現ですので、この場合は、少し好きではなく、あまり好きではないと言う意味)
                          *
(六日目)ドン・カミロ はMorini の一番若い息子である ジョルジーノ を、心配してみつめた。「落ち着いて、話しなさい。」若者はドン・カミロの前に座った。「ドイツで捕虜となっていた時、僕は他の者といっしょに働くために毎朝外へ連れ出されました。通りから瓦礫を取り除かなければならなかったのです。しかし、一つ問題がありました。それは、日中にも千、ある時には千五百の飛行機が一度にやってくるので、隠れる場所を探さねばならず、それが問題だった。」若者は言った。(aerei ここでは爆撃機)「1945年4月のある朝、掘り出している時に、私の片足の上に壁の一部が崩れてきて、歩くことが出来なくなりました。その時に飛行機がやって来て、私はその場に犬の様に留まっていました。やっとのことで一軒の家の中に入ったら、残骸の山の上に、1人の少女が座っていました。私は少しドイツ語を話します。(seduta su ~ で女性形なので、座っていたのは少女)
「何をしているんだい?」彼女に訊きました。
「ここにいるの。」その少女は答えました。「ここにいるのはわかる。」私は言った。「なぜ、避難場所にいかないんだ?」「すべて壊れた。」笑みを浮かべながら、そのばかな少女は答えた。「お前の頭もいかれたのかい?」彼女に訊いた。「ちがう。」と、少女は言いました。「父も、母も、弟も死んだ。あたしの家も壊れた。皆んなこの下。」彼女は、自分が座っている瓦礫の山を指し示しながら説明しました。
青年は黙った。「司祭さん」「戦争は嫌なものです。爆弾が雨のように落ちてきて、そこに(犠牲になった)自分の家族の上に座った人がいて、そんなことを言われた時に、一人のキリスト教徒は一体どうしたらいいのですか?」( a dire queste cose  こんな事を言う為に) 私はドイツと和解をした。(fare la pace con~〜と和解する、ここではドイツと戦うのはもうやめた、のような意味でしょう)
「みんな死んだ。」少女がまた言った。「ちがう。」私は答えた。「皆んなではない。神は死んでいない。」
「すばらしい。」ドン・カミロ が言った。
                              *
(七日目)そうすると、彼女は私を見つめました。そして、瓦礫の山から下りてきて、私の足のまわりにハンカチを縛りつけました。それから、瓦礫の山の上に戻り、私を見つめ続けた。戻るには、5キロの道のりを歩かなければなりませんでしたが、一体誰が私の足の痛みのことなど知っているでしょうか(fare 5 chilometri=camminare 5 chilometri)。次の日の朝には少し良くなっていた。他の者たちと出かけると、道のある地点に、あの少女が待っていた(punto=場所)。働く場所まで私たちに付いてきて、私たちが戻る時間まで、瓦礫の山の上に座っていた。それから収容所まで私たちについてきた。(campo=キャンプ、陣営、ここでは収容所)「彼女は自分のハンカチがほしいんだ。」私はそう思った。それで、その晩、ハンカチを洗った。それを中に石を入れて一片の紙にはさみ、翌朝それをその少女に投げた。次の日私はまた彼女が収容所の外で待っているのを見た。そして、働く場所まで私についてきた。それから、座り、見つめ始め、帰りには私についてきた。私は言った。「いったい、彼女は何を望んでいるんだ?たぶん、私が彼女のハンカチの使用料を払うことでも望んているんだろうか?」
彼女に}話すことはできなかった。というのは、許されていなかったから。別の警報が発せられた時、私が歩くことが出来ないと皆に思わせた、そして私はそこに留まった。(lasciai credere こう信じさせた。lasciareは〜させる。)こうして、彼女に近づいた。「僕に何をしてほしいのだ?」爆弾が雨のように落ちてくる中で、彼女に尋ねた。「わからない。」彼女が答えた。「私があなたをみるのは嫌ですか?」「けど、どうしてこの僕を見つめるんだい?」ど彼女に訊いた。「じゃあ私は誰を見つめたらいいの?」と彼女が聞いた。その瞬間、近くに一発の爆弾が落ちた。そして、そこで僕たちは...そこで僕たちは....つまりこういうことです。抱き合っていたんです。(sarebbe a dire〜 つまりこういうことです)
「爆弾が変わったいたずらをするという話を聞いたことはある。」ドン・カミロ が重々しく言った。 「それから、近くに他の爆弾が落ちたのですか?」「いいえ。」若者は答えた。「それらが最後でした。それから、連合軍が来て、私たちを自由にし、私たちを別の収容所に連れて行きました。そこでしばしの間私たちは待ちました、それから私は幸運な人間の一人となり、故国へ戻る一番列車に乗る一人になったのです。「それで、少女は?」ドン・カミロ が訊いた? 「その少女は私の出発を見るために駅にいたのです。神だけが私を見つけるために彼女がどのようにしたのかを知っています(Dio solo sa ~彼女がどうしてそこにいたのか分かりません)。事実は彼女は、その駅にいたということです。」「不思議な話ですね。それで?」
「まだまだ世の中は混乱していて(戦争の後で)、何百もこのようなケースが起きたことを、考えてみて下さい(di casi cosi ne sono successi a centinaia. このような事は、何百回も起こった。)私は、 仲間内でカンパをしてもらい、靴を一足、ズボン、上着、帽子を手に入れました。(colletta 募金、義捐金、この場合はお金ではなくモノそのものの様子)そして、その少女は、兵士の服装をして列車に乗った。夜がくると、彼女を隠した。僕は女性を連れて家には帰ることはできなかった。あなたは私の両親がどんなか知っています。こんなことに関しては、とても厳しいんです。一人で家にもどり、とても自分が考え出したとは思えないことを考え付きました。
ドン・カミロは頭を抱えた。「若者よ、何ていうことだ。」(pasticcio 混乱、収拾がつかないこと)
モリニ一家は金持ちで、広い土地と多くの家畜を所有している。モリニ家には四人の息子と二人の娘がいた。戦争で4人の息子のうち3人が亡くなり、一人、ジョルジーニョ、だけが残った。他の3人の息子は父、母、二人の姉妹の目の前で、家の中庭でドイツ人に殺された。それなのに、今はジョルジーニがドイツ人の少女と一緒に戻って来た。
「司祭さん。」ジョルジーニョが言った。「もし彼女を家に連れて行ったら、両親は彼女をひどいめに合わせたでしょう。彼女には何の罪もないのです。」(fare a pezzi ひどい目にあわす、粉々にする)
「どこに?」ドン・カミロは尋ねた。「彼女をわずかの間は町に隠しました。けど、いまは男の子がいるのです...」「子どもが!」ドン・カミロは叫んだ。
「現在の状況はこのようで、約一年前から彼女はLa Cagnola に隠れています。可能な時に、私は夜彼女に会いに行きます...。このような生活をして一年です。
ドン・カミロは立ち上がって、行ったり来たり歩き始めた。(cammminare(andare) in su e in giu` 登ったり降りたりする、あちこち行ったり来たり歩く)「しかし、今は大きな問題になっています。」若者が続けた。「あなたは幽霊が出る話を知っているでしょう。ペッポーネ がCagnola に来て、すべてを見たのです。彼はそれが誰とは言っていませんが、彼が話したら、すぐに真実が明らかになります。
                            *
(八日目)私のためではありません、司祭さん。もし年老いた両親がこの話を知ったら、苦しんで死ぬでしょう。司祭さん、僕はどうしたらいいんでしょうか?」「君はLa Cagnola に行きなさい。わたしは、その間に、ペッポーネに会いにいきます。」ドン・カミロは答えた。
ドン・カミロはこの問題について早速話し始めた。
「今日、きみがCagnolaで見たことを他の誰か知っているかい?」訊いた。「あなたです。」ペッポーネが言った。「あなたが知らないことは何ですか?」「いいでしょう。」ドン・カミロが言った。「そのことは私たち二人だけが知ってることにしょう。」ペッポーネはドン・カミロをみて、笑い始めた。「命令をするなら、教会でやってくれ。あなたが私を脅かしたことに対する報いとして、このことを明日にはすべての人が知ることになる。」(tanto per 〜するだけ、ただ〜するだけのために tanto per dimostrare la paura che mi fate それは、私をただ怖がらせる(脅す)だけだ、、、)
「卑怯者!」ペッポーネは突然表情を変えた。
「いいでしょう。」言った。「もしあなたが個人的にその少女とその子供に関心があるなら、そのことに付いて話し合いしましょう。..... 私たちは人間です、司祭さん。肉体は弱い...(la carne : 精神にたいする「肉体」<ペッポーネは共産主義者であり、ドン・カミロとはこの点で大きな思想的な違いがあるため、随所にこのような皮肉が出て来ます>)
「あなたに肉体は弱いかをお見せしましょう。」ドン・カミロは言った。
「取引をしよう。」(fare i conti 話し合いをすること、損得勘定をするという意味もある)ペッポーネが叫んだ。「ペッポーネ」ドン・カミロが言った。「ここは取引をする場所ではありません。それにここはあなたの家です。私が貴方に手を上げるわけにはいかない。聞いて下さい。」続けた。「後は貴方が好きなようにしなさい、しかし今は La Cagnola に行きましょう。」
暗い部屋の中でPeppone はまず6つの目を見た。少女のが二つ、子どものが二つ、そしてジョルジーノのが二つ。
ペッポーネとドン・カミロは話すこともなく座っていた。それから、ドン・カミロは若者に言った。
「君が私に話したことを一言一言繰り返して下さい。」(parola per parola 逐一)若者は話し始めた、ペッポーネ は下を向いて、静かに聞いた。最後に、突然立上がった。「君は愚かだ。」叫んだ。「世界中の女性の中から、よりによって君の兄弟を殺した呪われた者の一人を見つけてくるなんて!」 「ペッポーネ 、彼女を見つけたのは彼ではない。爆弾があったんだ...」
「あなたは黙っていて下さい、さもなければ悪いことになる!」ペッポーネ が叫んだ。ここは死人がいる。復習を叫んでいる死人たちが!」 「Brema で少女が座っていたあの瓦礫の山の下にも死人がいた。 」ドン・カミロが小さな声で言った。
「それで? この馬鹿者の兄弟達が、彼らを殺したのかい?」ペッポーネが答えた。「きみは、それを君がやったということで、君の兄弟の思い出を傷つけた。
少女はペッポーネの言葉をひとつずつ辿っていた。全てをわかっているように見えた。ペッポーネの声がしなくなると、少女の優しく穏やかな声が聞こえた。
「お願いです。あなたのいう通りです。私は最初は知らなかったのです。後で(知った時には)遅すぎたのです。彼も知らなかったのです。どうぞ、ちょっとだけ辛抱して下さい。」少女は微笑んでいた。ぺッポーネはドンカミロを何か聞きたそうに見つめた。「我慢が必要です。戦争なんです。」少女はうでに子どもを抱いて、ジョルジーノの隣に座っていた。彼の手を探して、ぎゅっと握りしめた。
                             *
(九日目)その静寂はどのぐらい続いただろう?子どものなき声がそれを打ち破った。それは、何が起こったのか分からぬまま、そのことを最初に知ったのが子どもだったからである。彼の母親がもはやそこに居なくて(死んでいて)、瓦礫の山の上に座る為にBremaの壁の間にもどったことを。そこには寒さに震えて冷たくなったちいさなものものだけがあった。
彼女は、午後に、ペッポーネに発見されるとすぐに、彼女だけが知っていた場所に隠していた小瓶の中身を飲んでしまうことを決心していた。それからゆっくりと優しく死が彼女に訪れたのだった。(mandare giu` 飲む)
ジョルジーノには叫ぶ力もなかった。ペッポーネは彼の手を引き家へ連れて行った。「彼から目を離さないで、彼を一人にしないで。」それだけ言った。「もし彼をも失いたくないなら。」それからすぐに、La Cagnolaにもどった。眠っている子どもと、死んだ少女の前にDon Camilloがいた。そして、彼はドンカミロの近くにいって、泣き始めた。「静かに泣きなさい。子どもをおこすから。」ドン・カミロが言った。台所が静まり返った、そして時間が流れた。静寂はますます重く、冷たくなっていった。まるで、空気がゆっくりと凍りつくように。突然、長く苦しげなうめき声が呪われた、人気のない家の部屋をよこぎって聞こえた。ペッポーネは顔面が蒼白になり、驚いてドン・カミロをみた。しかし、ドン・カミロは大きな声で言った。
「戦争で亡くなった全ての人の精霊よ安らかに。」 「アーメン。」ペッポーネがつぶやいた。
そして、うなり声は静まった。
La Cagnolaで1人の外国人女性が死んでいるのがみつかった。彼女は凍死したことになった。彼女の近くに一人の男の赤ちゃんが見つかった。ドン・カミロが力を尽くし、神の加護のお陰で、その子がMorini家で受け入れてもらえることになった。(tanto fece che riusci` a: 大変(努力を)したので、〜に成功した) 市長は、時々、ベットで目を大きく見開いて暗闇を見つめていると、ある声が聞こえた。「みんな死んだ。」と言っている少女の声が。ジョルジーノは気違いのようになった。彼にも誰かがこんな話をしたかのように見えた。忌まわしい戦争の話を。

Abbondanza e Carestia
(十日目)
Carestia は町の人間の一人で、全く特別にそこに流れ着いた。しかし、最初に言っておくが、Carestia と言う名前ではなく、全てのキリスト教徒の様に、彼も素敵な姓と名前があった。そして、そして当時としては美少年でもあった、そして速かった。村では皆が次のそのように呼んでいた。それは彼が単にやせていたからではなく、Marina が大きく体格のいい女性だったからである。それでよくAbbondanza (ふくよか)とCarestia(がりがり) と呼ばれていた。

Carestia は二番で村に到着していた。Bassaでの自転車レースの話だ。よそから来た優秀な選手のことだ。Carestia はその時約20歳で、自転車に上手にのり、Bassaのグループに参加していた。とても良い賞品があったからである。村には、一位から20メートル後で、2位で到着した。そしてまだバラの花のように元気だった。
あの男は、(レースが終わった後も)2kmの間、進み続けていて、誰も彼には追い付けない。そして、実際にゴールした後も止まらずにより速く走り、村の中央部を、叫び声と拍手の中を通過した。
村から200メートルの所でパンクした。石の山に自転車を投げ出して、車輪を換えていた。その間に、その近くの家から外に出てきた一人の女性が近づいてきて、彼に何か必要な物はないか訊いた。Carestia は、初めて人々がさらに後にAbbondanzaと呼ばれることになるその女性を見た。しかし、その時はMarina と呼ばれていた。

(十一日目)
Carestia は車輪のこと、Bassaのロードレースのこと、そして世界の他のこと全てを忘れ、その女性と話し始めた。それから、夕刻には、女性と別れ、町に行き、自転車を売り、ズボン一本、シャツ一枚、靴を一足買ってその町にとどまった。日中は川に沿ってあっちこっち巡って過ごし、夜にはMarinaの家に行った。ある晩、Marinaは彼が少し元気がないことに気がついた。それから、彼が自転車で稼いだお金を使い果たし、長い間食べていないことを知った。彼に食べ物を与え、彼が元気になった様子を見て、彼に優しく言った。「あなたは速く走れる若者ですし、頭も良い。ここは小さな町ですが、ちゃんとした人にはいつでも仕事はあります。何か仕事を探してみてはどうですか?」

「やってみるさ」Carestia が答えた。実際に試みた。しかし、働いて二三日すると憂鬱になり、職場を去らなければならなかった。「性格の問題だ」Marinaに説明した。「僕は情熱的な性格で、通常の生活は僕にあっていない。僕は冒険するようにできているんだ。」

Carestia はよく話した。彼は都会出身でたくさんの物(劇、映画、スポーツなど)を見たことがあったからである。それに、すばらしいことが書かれた多くの本を読んでいた。マリーナは、彼の話をよく聞いて時々溜息をついた。「人生って、どうあるべきなんでしょう!と言った。Marinaは洋裁師の仕事をしていた。よく働き、一日中ミシンに向かって座っていた。彼女に食事の準備をしてくれているとても年老いた祖母の様な人と生活していた。夜に仕事を終え、その頃にCarestia がやって来た。

 

 

KUDANの添削

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